ブルネイの華僑

海外事情研究所教授  吉野 文雄


 

 ボルネオ島の西北岸に位置するブルネイは、しばしば油上国家と呼ばれる。その経済の基礎を石油においているからである。ブルネイに関する情報はきわめて少なく、経済規模が小さいこともあって、東南アジア経済を論じる際には無視するのがふつうである。国際社会においても、これまで大きな影響力を発揮したことはなかった。20053月、華僑の調査にそのブルネイを訪問した。

 

旧正月を祝うブルネイの華人廟

 ブルネイ概要

 日本大使館でもらった資料によると、ブルネイは、人口349000人、国土面積5765平方kmの小国である。経済的には、1人当たりGDP(国内総生産)13418米ドルで中所得国に分類されよう。経済を支える石油・天然ガスは、あと25年ほど採掘できるくらいの埋蔵量だといわれている。筆者が初めてブルネイを訪れた1991年にも、やはりあと25年ほどは大丈夫といわれていた。外交的には、ASEAN(東南アジア諸国連合)に加盟しており、2000年にはAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の議長国を務めるなど、一定の役割を果たしている。

ブルネイの話題が口の端に上るのは、財政が石油収入に依存しているため所得税がないことや、ハサナル・ボルキア国王が世界有数の富豪であることが話題になるときなどに限られる。東南アジア経済を研究している以上ブルネイの情報は必要だが、地元の新聞『ボルネオ・ブレティン』くらいしかまとまった情報源がない。したがって、日本語、英語で手に入る情報はとりあえずストックすることになる。昨年は、ビラ皇太子殿下が結婚されたが、皇太子妃が17歳と若かったことが話題になった。

今回の訪問で驚いたのは、国王が第2王妃と離婚されていたことだ。以前は、ホテルや商店には、国王を真ん中にして、第1、第2王妃の写真が掲げられていた。今回は、おふたりの写真しか掲げられていなかった。失礼なことではないかと驚いてたずねると、数年前に離婚され、元第2王妃は現在お子さんたちとロンドンにお住まいということであった。ムスリムは離婚しないものと思いこんでいたので、認識を改めたしだいである。

ブルネイの国是は、マレー・イスラーム・王制(Malay-Islam-Beraja: MIB)3本柱である。これは1984年の独立時に定められたが、マレー系住民を国民の主体にするということであり、国家が国民を選ぶのである。そのような国にあえてマイノリティとして住もうという中国系住民、すなわち華僑とはいかなる人々なのだろうか。

 華僑人口

 ブルネイではエスニック・グループ別人口統計が公表されていないため、華僑人口は推計するしかない。1991年に行われた国勢調査では、コミュニティ別人口という調査項目があり、マレー系、マレー系以外の先住民、中国系、その他に分けられている。総人口は26482人で、中国系コミュニティの人口はその15.6%を占める4621人となっている。マレー系以外の先住民をもマレー系に含めることが多い。

1984年の独立時に、華僑はブルネイの国籍を取得するかどうかの選択を迫られた。多くの住民は、国籍を取らず、永住権のみを取得した。その時点で入手可能なあらゆる情報をもとに判断したのであろう。それが合理的な選択であったかどうかわからない。1991年の時点でブルネイ国籍を持つ者は171099人に過ぎず、ブルネイ国籍を持たず永住権の身をもつ者が18857(総人口の7.2)いる。それ以外に「短期居住者・その他」という範疇に7526(同じく、27.1)いる。逆から見るとブルネイの総人口の65.7%しかブルネイ国籍を有していないということになる。

 このような統計から次のようなことが推測される。第1に、ブルネイの総人口の60%前後はブルネイ国籍を持つマレー系住民である。第2に、総人口の6%を占めるマレー系以外の先住民はほとんどブルネイ国籍を有している。総人口の16%程度を占める華僑の多くはブルネイ国籍を有していないが、中には国籍を取得した者もいる。ビジネス目的で居住している欧米人をはじめとして、日本人や韓国人、さらには隣国のマレーシアや(陸の国境を隔ててはいないが)インドネシア国籍の者は前出の「短期居住者・その他」に分類される。

 このように見てくると、ブルネイの華僑人口は総人口の20%前後になるのではないだろうか。いわゆる在留外国人の存在を考えると、ブルネイ国籍の先住のブルネイ人は総人口の60%強、それ以外は国籍を持たないブルネイ人となる。ブルネイ国籍を持っているのは、マレー系住民のほとんどと1984年前後に国籍を取得した華僑である。ブルネイ国籍を持たずブルネイに居住しているのは、ほとんどの華僑と日本や欧米諸国から来たビジネスマンや外交官である。

 華僑の立場

 ブルネイの華僑の地位はきわめて不安定である。ブルネイの国籍法(1961年法律第4)によると、非マレー系住民または非先住民が国籍を得るには3つの条件を満たさなければならない。すなわち、過去25年のうち少なくとも20年はブルネイに居住し、マレー語試験に合格し、ブルネイ人の生活様式を身につけることである。第1の条件は明確だし、これを満たすことは難しくない。第2のマレー語試験は、日常中国語を使っている華僑・華人が合格するのは難しい。また、合否の基準が不明確だとも言われている。第3のブルネイ人の生活様式ということになるとまったく抽象的である。これらの条件を満たして国籍を取れる華僑・華人はきわめて少ない。ブルネイ独立以前、華僑・華人は英国の保護下にあったが、独立とともにその多くは無国籍となった。

 中国からブルネイの華僑・華人をみると、異なった展望が開ける。中国の国籍法(1980)によると、少なくとも一方の親が中国の国籍を持っていれば、中国以外の土地で生まれても中国の国籍をもっている。ただし、その親が海外において誕生とともに中国の国籍を得ていた場合、その子供は中国の国籍を取れない(5)1971年にブルネイが外交以外の面で自治を獲得して以降、1984年の独立前後までの時期に、ほとんどの華僑・華人が自動的に中国の国籍を取れたが、あえて取らなかった。現段階では、中国の国籍法の上記留保に抵触するため、無国籍者が増えつつある。

 ブルネイの華僑・華人のほとんどが、1949年の中国建国以前の中華民国時代に、主として金門・馬祖から来た移民かその子孫である。このことが問題をさらに複雑にしている。中華民国では1929年に国籍法が制定されていたので、それに基づいて国籍をとることもできたのである。現状は、金門・馬祖は、台湾を主たる領土とする中華民国に実効支配されている。ブルネイの華僑・華人が、台湾出自と自らを納得させることは心情的にできないであろう。

 ブルネイ独立に際しては、華僑・華人の国籍取得の門戸が開かれた。しかし、あえて華僑・華人の多くは無国籍の道を選んだのであった。MIBのもとで、華僑・華人は差別的な扱いを受けている。国籍を持たないため、所得税を支払わなければならないし、学校教育も無償ではない。奨学金も受けられないので、外国の学校に進学するものが多い。土地所有も困難で、ビジネスにも支障をきたしている。出入国や外国旅行も不自由であろう。しかし、そこは蛇の道は蛇。いろいろと立ち回ってうまくやっているようである。

 ブルネイ経済と華僑

ブルネイには、2つの華僑商業会議所がある。1つは、首都バンダル・スリ・ブガワン華僑商業会議所であり、もう1つは西部のクアラ・ブライト華僑商業会議所である。滞在中、前者を訪問し、華僑の経済活動についてヒアリングを行った。他の東南アジア諸国と同様、ブルネイにも華僑の宗親会や同郷会があるが、金門、馬祖の同郷会はない。ブルネイのほとんどの華僑がそれらの地域から来ているからである。福建会館などは存在する。

華僑商業会議所は、60年近い歴史を持っており、勉強会を開催したり、作文・論文コンクール、奨学金給付などを行ったり、活発に活動しているように見受けられた。事務所は古い商業地区の雑居ビルに置かれ、専従の職員が3名いる。

MIBのもとで、さまざまな制約を受けながらも、政府、王族と協調している。王族が行う結婚式などの儀式にも参加しており、逆に、会議所の創立記念行事には国王も参加している。

ブルネイにも中華料理店がある。そのうちの1つで食事をしたとき、ちょうど華僑の誕生パーティが催されていた。出席者は50名くらいもいただろうか。みな和気藹々、食事をしていたが、アルコール類は供されていなかった。しかし、カラオケ大会をやったり、挨拶があったりと、にぎやかであった。あまりはでにやって、マレー系住民の反感を買わないようにというような配慮が働いているようであった。

ブルネイの華僑は公務員にはなれないため、民間部門で仕事をすることになる。とは言うものの、ブルネイ最大かつ最優良の企業ブルネイ・シェルは英国系であるから、それ以外の中小部門である。もっともブルネイ・シェルへの就職の道は華僑にも開かれている。

民間部門の経済活動のほとんどが華僑の手の内にあると言ってもよいが、いろいろな制約も多い。華僑の経済活動を制限する根拠は、MIBMIにあるが、MIが国是となっている理由のひとつに、華僑に対するマレー系住民のねたみやひがみがあるという指摘もある。

 ブルネイの将来

 経済的には、石油・天然ガスが枯渇した後を見据えて、経済の多角化を進めている。しかし、その変化は実に遅い。政治的にも、現在停止している議会を再開する方向で、国王はじめ、政府は努力しているという。この変化も遅い。

 Stanley S. Bedlingtonは、1978年に刊行したMalaysia and Singapore: The Building of New States(Cornell University Press, Ithaca & London)という書物の、ブルネイに関する章を締めくくるにあたって、「見込みとしては、10年か20年の間にブルネイは、どのような形であれマレーシアの一部となるであろう」(p. 268)と述べた。10年か20年という期間に関して、その予測は外れたが、この認識は正しいものであろう。

 数年前、ブルネイからのJICA(国際協力機構)研修生数人を対象に講義したことがある。質疑応答の時間に1人が挙手し、経済多角化は成功すると思いますかと質問した。それに対して、筆者は、「経済多角化は、比較優位のある産業に特化すべしという経済学の教えに反しており、合理的な政策ではない。ブルネイは、最終的には国をマレーシアに売ればよい。しかし、それは石油・天然ガスが枯渇したときであり、そのときマレーシアにはブルネイを買う誘因がなくなってしまうであろう。」と答えた。その場がしらけたことは言うまでもない。

 しかし、誠実な経済学者であれば、みな同じように答えるであろう。消尽点に向けて、ブルネイの華僑がどのような選択を行うか、興味深いところである。

  

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